いぬおさんのおもしろ数学実験室

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書籍『フォン・ノイマンの哲学 人間のフリをした悪魔』紹介

 凄い本でした! 数学史が好きな人には強力にお勧めします。

天才数学者、フォン・ノイマンの伝記です。数学者の話ですからもちろん用語など、分かっていた方がよさそうなところもありますが、知らなくても全く問題ないと思います。

 凄まじい才能の持ち主だったようです。彼については「稲妻のような素速い理解力」、「悪魔のように賢かった」、「いや、本当に悪魔だった」のような話を断片的にあちこちの本で読んでいましたが、今回この本で全体像というか、どんな人生だったのか雰囲気が分かりました。彼がどんなに賢かったのか、エピソードがいくつも載っています。2つ、紹介しましょう。

 エルデシュという天才数学者がいました。彼は19歳の時に、「n≧2のとき、nと2nの間に必ず素数が存在する」という定理の初等的な証明を発表しました(例えば10と20の間には11という素数がある。17と34の間には19という素数がある)。エルデシュは生涯自分の家や財産を持たず、トランクひとつで放浪し、世界各国の数学者の家を訪れました。彼は訪問先で五百人以上の数学者とともに共著の論文を1500以上出したそうです。このエルデシュフォン・ノイマンについて「理解力の速度という意味で、フォン・ノイマンは尋常ではなかった」、「出会った中で最も優秀な人物」と評しているという話が載っています。エルデシュについてはブログで少し書いたことがあります。

www.omoshiro-suugaku.com

きっとメチャクチャな天才でなければエルデシュのような生活はできないはずです。そのエルデシュのコメント、重みがあります。

 1930年に「厳密科学における認識論」第2回会議がケーニヒスベルグで開催されました。ゲーデルが「古典数学の無矛盾性を前提とすると、その形式体系において、内容的には真であるにもかかわらず証明不可能な命題の列を作ることができます」と言ったそうです。こうして不完全性定理(「真であるが証明できない命題がある」)が初めて公表されたのですが、出席者の中でノイマンだけがこの発言の重要性に気づき、「非常に興味深い発見について詳しく知りたい」と連絡を取り合う約束をしたのだそうです。

 彼はアメリカの高級プリンストン研究所の終身教授になりました。研究所立ち上げ時からで、立ち上げの詳細についても興味深いエピソードが書いてあります。同じく終身教授だったアインシュタインとは研究所で向かいの部屋だったそうです。ノイマンは雑音の中でしか研究できず、アインシュタインは静けさを好んでいたそう。ノイマンが大音響でジャズを流すのでアインシュタインは怒っていたそうです。

 他にも、ノイマンは原爆の設計に大きく関わっていたこと、原爆をどこに落とすかについても意見を持っていたことも詳しく書かれています。こうしたヨーロッパ、アメリカの、この頃の歴史的な背景についても興味深い記述がたくさんあります。

 

 参考文献がゴッソリ載っており、これだけ詳しく書くにはこんなに必要なんだ、と分かります。ぼくはときどき数学史からエピソードを選んで授業で話しますが、これでしばらくはテーマに困らないでしょう……。ノイマンだけではありません。上で触れたように関係する数学者、物理学者、化学者についてもたくさん書いてありますし、当時のベルリンでは女性は大学に入れず女子トイレもなかったことなど、当時の具体的な社会の様子も分かる、大変面白い本です。