ホームズの「踊る人形(The Adventure of the Dancing Men)」という短編を紹介しましょう。ぼくは暗号がテーマになっている推理小説が好きなのですごく楽しめました。
ホームズのところへ、自分に届いたという謎の落書き?を持った男が訪れます。興味を持ったホームズは男の相談に乗ります。落書きは捜査が進むにつれて少しずつ集まり、全部で5つ。下はホームズが最初に手に入れた暗号文です。彼が暗号を解読する過程を少しだけ書いてみます。彼はそれぞれの人形はアルファベットを表しており、ときどき人形が持っている旗は単語間の区切りだろうと推測します。
ホームズはこれを見て4番目の人形、
が多いことに気づきました。英語で使われる文字で一番多いのはE、以下TAOINSHRDL……と続きますが、TAOINあたりはあまり差がなく、短い暗号文では見分けがつきません。彼はとりあえず4番目の人形をEであると仮定しました。短い文であるにもかかわらず4回も使われているからです(4,6,9,14番目)。依頼者の妻はエルシー(ELSIE)と言いました。この単語もきっと5つの暗号文のどれかには含まれているでしょう。……こんな感じに、ホームズは解読を進めたのです。ホームズは最後に「すぐここへ来い」を暗号文にして悪い奴らに届けます。まさか仲間以外から暗号の通信が来るはずはないと思っている連中は、のこのことホームズのところへ現れ、捕まってしまいます。
実はこの種の暗号(換字(かえじ)式暗号と呼ばれる)は、ある程度の分量の暗号文があれば、知識があって慣れている人は簡単に解読できます。言語が持っている特徴を使うのです。ホームズが利用した「英文ではeが一番多い」とか、他、「つながった3文字で最も多いのはthe」「英文では頻度順にアルファベットを並べるとetaoinsh……となる」「qの次は必ずu」といったものです。現代の暗号はこういった古いものではなく、数学を用いた事実上解読不可能な暗号です。前に書いたRSA暗号もそのうちのひとつです。
www.omoshiro-suugaku.comしかし高度な数学を用いた暗号は推理小説には出てきません。読める人も限られてしまうでしょうし、「ストーリーそっちのけ」みたいになりそうだからかも知れません。賢い探偵の機知などではどうにもならない暗号なので、面白くなくなってしまうのでしょう……。
「踊る人形」に戻りますが……とにかく面白い! しかも他に12編入っていてたったの¥990。安すぎです。『シャーロック・ホームズの生還』(アーサー・コナン・ドイル2006光文社文庫)です。