教員にも出張があります。県外は少ないですが、他校へ行ったり初任者の研修など、楽しかったこともありました。特に教員になったばかりの頃は赴任した学校が大変(生徒が……)だったこともあり、いつもと違う路線で違う場所へ行くのが新鮮で結構気分転換になっていました。「私はこういう実践をしています」みたいな話を聞くのは好きでしたし、特にそういう出張は面白かったです。県が実施する初任者対象の研修は、失礼ながらあまり面白くないのが多いです。時間の無駄なのでやめて欲しい……。それでも中にはいいのもあります。
ぼくが参加した(させられた)研修では、いわゆる数学通信を書いている先生が講師をやっていました。数学の面白そうなトピックスを生徒向けに紹介する、みたいな内容です。それが資料になっていて、「私が勤めている学校はこういう雰囲気で、生徒はこんな感じで……、そういう中でこういうプリントを毎回作って配布しています」という話をしてくれました。生徒は数学などまあ好きではない子たちで、そういう生徒たちに何とか読んでもらおうとあれこれ工夫したプリントです。ぼくも早い頃から数学通信を書き、多いときでは年間に70号かそこらのこともありました。今でも書いていますがこのときの出張、先生の影響です。数学通信を書くのは絶対によいことなのだ、というわけでもないでしょう。でも面白がって読む生徒だっているし、保護者からコメントをもらうこともあります。
今は「アクティブラーニング=素晴らしい」みたいな雰囲気です。何度も書いていますが、ぼくはその辺には全く興味がありません。根本的に方向が間違っているとしか思えません。それはどっちでもいいのですが、数学通信の価値は変わらないでしょう。ちなみに……ぼくが生徒ならアクティブラーニングは要りませんが数学通信は読みたいです。学生時代、そういう先生はたまたまいなかったですが。
そのときの数学通信に載っていた話です。ある男が殺され、次のようなダイイングメッセージが。容疑者は山本、谷、大木の3人です。
これを見た名探偵は犯人が誰か分かりました。犯人もこれを見ていたはずなのですが、数学が苦手な犯人で、ダイイングメッセージの意味が分からなかったのです。三角関数の公式によれば
です。すなわち、犯人は谷です!
これ、実はもとのもっと難しい話があります。『数学遊園地―数のもつ不思議さを楽しもう』(高木茂男1976講談社ブルーバックス)に載っています。
を解くと、解は
となります。これで新場定吉(しんばていきち)氏が犯人だと分かった、という話です。実は数学者にこれが解になる微分方程式を作ってもらったのだ、というオチもついています。
研修のときの先生は「プリントを配って、暗い顔で『昔、数学を知らなかったために死んだ男がいた……』と話します」と言っていました。ぼくもマネして、上の微分方程式の話を書いたプリントを配るときに同じことを言います。どうせ冗談なのですし、遊びと言えば遊び。でもこれを読んで「おお、こういう話もあるのか!?」と思う生徒がいるかも知れません。
出張も、面白い話をきけるものがあるのです。こんなのを増やして欲しい……。無理矢理アクティブラーニングなんかやらせて喜んでいないで、こういうのを。ダイイングメッセージの話を生徒にできるのは、この話を知っている教員だけです。