いぬおさんのおもしろ数学実験室

おいしい紅茶でも飲みながら数学、物理、工学、プログラミング、そして読書を楽しみましょう

『パラドックスの世界』紹介

 少し前にブログで3冊のうちの1冊として紹介しましたが、今回やや詳しく解説します。『パラドックスの世界』(田村三郎1981講談社ブルーバックス)です。 www.omoshiro-suugaku.com

 婚約者を悲惨な事故で失った地球の技術者、失意の三田(みた)さんが銀河系の他の惑星、クイリグに連れ去られます。クイリグ星人は不器用で、他の星から技術者たちを集め、自分たちの文明を維持しているのです。三田さんはしばらくクイリグの長官、アタスマ氏の3人の子供たちに数学を教えて過ごします。三田さんは生きる希望を失っていたのですが、そうした生活で再び希望を取り戻し、地球に帰りたいと思うようになってアタスマ氏にかけあいます。アタスマ氏は承諾し、次のように言いました。
「地球へ帰りたいというあなたのご要望にお応えしましょう。子供たちに教えている内容を聞くと、あなたはなかなか論理的な思考力をお持ちの方と見受けます。そこで私と論理的なゲームをしてみませんか。これからあなたをひとつの部屋へお連れします。この部屋にはドアが2つあり、どちらかの外には円盤が停まっています。あなたがこちらのドアを選べば地球へお返ししましょう」
「それでは何も、論理的なゲームとは言えないのではありませんか?」
「話は最後までお聞きになってください。この部屋の2つのドアの前にはクイリグの男が1人ずついます。1人は何を聞かれても必ず真実を言う正直族、もう1人は何を聞かれても必ずうそを言う嘘つき族です。どちらの男が正直族なのか嘘つき族なのか分かりませんが、2人ともどちらのドアの外に円盤が停まっているか知っています。あなたにはどちらかの男にyesかnoで答えられる質問を1回だけすることを許します。男は地球のyes、noにあたるクイリグの言葉『バル』か『ダア』を答えるはずです。ただし、『バル』、『ダア』のどちらがyesを意味するのか、noを意味するのかは分かりません。質問しやすいように、外に円盤が停まっているドアを『帰国ドア』、そうでないドアを『残留ドア』と呼ぶことにしましょう。なお、2人の男は論理的な思考力の持ち主であることを申し添えておきましょう」
 三田さんは次のように考えました。
「私は頭が混乱するのを覚えた。整理する必要がある。するべき質問の内容をPとしよう。Pを決めるのに必要な情報は何だろうか。まず、質問した相手が正直族かどうかは必要である。そこで『質問した相手が正直族である』という命題(真偽、つまりホントかウソかが定まっている文のこと)をHとしよう。バル、ダアがyesなのかnoなのかも必要だ。だから『バルがyesを意味する』という命題をBとしよう。Pかと聞かれて『バル』と返事が返ってきたときのみ右のドアが帰国ドアとなるよう、質問Pを作ればよい。………」
 三田さんは、このあとなんと一種の計算によって(命題計算と言います)するべき質問を構成し、どちらが帰国ドアなのかを明らかにすることに成功して無事地球へ帰ることになるのです。ぼくはこの本を高校生の時に読みましたが、そのときの感動、衝撃は忘れられません。ぼくは今でも、最後のくだり「私は頭が混乱するのを覚えた。整理する必要がある。…………」を読むとゾクッときます。
 三田さんが作った質問Pは次の通りです。
P:「あなたが『右のドアが帰国ドアですか』と聞かれたときの返事と『バル』は一致しますか?」
普通の表現では「あなたは『右のドアが帰国ドアですか』と聞かれたら『バル』と答えますか」ですが、考えやすくするためにあえて堅苦しい書き方にしてあります。三田さんがどのようにこの質問を構成したのか、理解するには論理学の知識が必要です。そこが一番面白いところとも言えるのですが省略し、なぜこれで帰国ドアが分かるのか、いくつか具体的な条件を決めて調べてみましょう。

(1)右が帰国ドア、質問した相手は正直族、バルはyesを意味するとき
右は帰国ドアなので、「右のドアが帰国ドアですか」と聞かれたら正直族は「yes」と答るはず。つまり「バル」と答えるはず。その答えは「バル」に一致しているのだから、正直族は「(バルに)一致する」と答えるはず。つまり「yes」、よって「バル」と答える。
(2)右が帰国ドア、質問した相手は嘘つき族、バルはyesを意味するとき
右は帰国ドアなので、「右のドアが帰国ドアですか」と聞かれたら嘘つき族は「no」と答るはず。つまり「ダア」と答えるはず。これは「バル」ではない。嘘つき族なので「(バルに)一致する」と答えるはず。つまり「yes」、よって「バル」と答える。

他のケースも同様に調べることができます。右が帰国ドアなら、相手が嘘つき族でも正直族でも、バルがyesでもnoでも、「バル」という返事が来ます。左が帰国ドアなら「ダア」が返ります。「バル」という返事だったら右、「ダア」なら左のドアを開ければよいのです!

 

 この話を読んだとき、ぼくは「数学には底がない!」と思いました。凄い話があるものです。 

パラドックスの世界―星間・逆説の旅 (1981年) (ブルーバックス)

パラドックスの世界―星間・逆説の旅 (1981年) (ブルーバックス)