故・矢野健太郎先生の話です。矢野先生の専門は微分幾何学です。小さい頃、アインシュタインブームで「お父さん、ぼくも勉強したら相対性理論が分かるようになるかな?」と聞いたら、お父さんは「健太郎、相対性理論だってアインシュタインという人が考えたことだろう。お前だって一生懸命勉強すればきっと理解できるようになるよ」と答えました。そして彼は相対性理論を理解するのに必要な微分幾何学を専攻したのだとか。
矢野先生はプリンストン高級研究所に2年間在籍するなど、海外の先生たちとも交流がたくさんありました。あるとき、そういう先生に「アメリカ人の名前には Littlewood = 小さい木、Whitehead = 白い頭 など、意味のあるものがある。矢野、お前の名前は日本ではどういう意味なんだ?」と聞かれたのだそうです。矢野先生は「vector field」と答えました。vector field、つまりベクトル場とは各点にベクトルが定義されている平面や空間を言います。ベクトルは「矢」、フィールドは「野」、つまり「ベクトル場=矢野」だと答えたのです。みんなすぐには信じてくれなかったそうです。ベクトル場は彼の専門である微分幾何学に頻繁に出てくる概念で、それが彼の名前になっているなど、そんな偶然はないだろう、と思ったからです。
これは矢野先生のエッセイに書いてあった話です。藤原正彦先生などもそうでうすが、エッセイを書く数学者も結構いるのです。藤原先生は『天才の栄光と挫折』というのを書いています。面白かったです。
生徒には矢野先生のエッセイやこういう本を読んで欲しいです。あまり読まなそうで、海外に行くことが世界が広いことではない、本を読まないというのはそのまま世界が狭いことなんだよ、と言っていますがそれほど効き目はないみたいです……。