いぬおさんのおもしろ数学実験室

おいしい紅茶でも飲みながら数学、物理、工学、プログラミング、そして読書を楽しみましょう

円周上に開いた穴を、他に影響を与えずに塞ぐ

数直線はビッシリ、点で埋まっています。座標が1の点、√2の点、√2+1の点、……、無数の点があります。今、原点(x=0)にある1点を取り除きましょう。x=0の位置に穴が開く、と思えばよいわけです。どこかから点を持ってきてこの穴を埋めることにします。x=1のところから持ってきましょう。原点はこれでふさがりましたが、代わりにx=1の点がなくなって、新たな穴に。そこでx=2のところから点を持ってきて、x=1にできた穴を埋めます。x=2の穴はx=3のところから持ってきて……。つまり、n=0,1,2,…としてx=nのところの穴にx=n+1から点を持ってきて埋めるのです。順番にやっていたら終わりませんから、「せーの!」と一気に移動します。これでx=0の穴は埋まり、しかも他は一切変化がありません。数直線全体が穴ナシです。何だか不思議な話ですよね……。
今度は半径1の円周上の1点Aに点がなく、穴が開いているとしましょう。どこかから点を持ってきてこの穴をふさぎます。円の半径が1なので、円周は2πです。円に沿って、穴から右回りに距離1だけ進んだところの点をBとしましょう。ここから1点抜き取り、この点でAを埋めます。AはふさがりましたがBに穴が開きました。そこでBから円周に沿って右回りにやはり1だけ進んだところの点Cから1点取り、それでBをふさぎます。……これを繰り返せばよろしい。やはり順番にやっていたら終わりませんから、一斉に移動します。しかし今回はまずいかも知れません。さっきと話が違うのです。この点、次の点、その次の点、……というように移動する点を選んでいるうちに、「あ、この点はすでに選ばれてしまっていて、動かすべき点がもうない!!」ということが起こる可能性があるのです。同じ円周をグルグル回りながら点を選ぶのだから。……しかし、実は心配要りません。円周は1周で2π、これは無理数です。そして点は距離1(これは有理数)ずつ離れたものを選ぶからです。なんと、選ばれる無数の点たちは、全て位置が異なっているのです。

証明は易しいです。ある位置からm周してその点に戻ったとしましょう。距離1ずつn回進んだとして、2mπ=n(m、nは自然数)です。するとπ=n/(2m)で、これは有理数ですから矛盾です。

この「円周上の1点に開いた穴を、他に穴を開けずにふさげる」という事実を証明の一部に使う定理があります。「球を何個かの部分に分割し、それらを回転・平行移動操作のみを使ってうまく組み合わせ直して、もとの球と同じ半径の球を2つ作ることができる」(バナッハ=タルスキの定理)というもの。ぼくたちの常識には完全に反しています。証明は、大学の数学科に進むと2年生程度の知識で理解できます。想像を絶すると言ってよいこの定理、初めて証明を読んだときには本当に驚きました……。