いぬおさんのおもしろ数学実験室

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書籍『藤井聡太論 将棋の未来』紹介

 生徒は夏休みが終わりました。ぼくも本は結構読みました。最近買ったのがこれ。

 ここのところ将棋の藤井聡太の活躍がすごいです。将棋はぼく自身も指しますし、羽生が7冠を制覇した頃(1996年)は棋士の名前、活躍、誰が名人位に就いたとかいつも気にしていました。しかし最近は特に若い棋士は名前くらいしか知りません。それでも藤井聡太だけは興味津々でニュースもよく見ています。当時の棋聖(将棋の8大タイトルのひとつ)、渡辺明との勝負でAIが4億手読んでも見つからなかった手を藤井が指し、その後6億手まで読ませたところそれが最善手だったことが分かった、という話もありました。この手がきっかけになって渡辺は負け、結局棋聖位を藤井に奪われます。
 強いAIを搭載した将棋ソフトが出てきて、とうとう2017年、当時の名人だった佐藤天彦が敗れました。それまでそういったソフトに触れたことのある棋士たちは「もう勝てない」と思っていたのでしょう。それが世間の皆にも明らかになったわけです。この本では著者の谷川(天才棋士、元名人)が「ソフトとの対局は勝てることがほとんどなく、……」と書いています。名人が負けたとは言え、ぼくは棋士がこういうことを書いているのを見たことはなかったのでそれなりのショックでした。

 棋士たちは職を失うのか、みたいな心配をした人だっていたと思います。でも今のところ皆さん無事ですよね。AIはよい手を指すのですが、「どうやって手を選んだのか説明できない」のだそうです。ぼくはそれが事実なのか知りませんし、そう主張する人がちゃんと理解しているのか分かりません。でもAIが盤面の先の動きを追跡し(場合の数は非常に大きくなります)、一番よさそうな手を選ぶ、という基本的な方法を使っているのなら「この辺の守りが弱そうだからいったん補強しておき、タイミングを見て反対側のここから反撃しようと思った」のような、人間の勝負の構想みたいなものは説明できないでしょう。
 ソフトにディープラーニング(現代のAIに不可欠な技術)を取り入れると、手書きの文字をソフトが読めるようになります。多少汚い文字でも大丈夫。ぼくは数字だけで実験しましたが、5万くらいのデータ(手書きの「2」、「3」、……)をソフトに見せて、「これは『2』と読むんだよ」などと教えておくと(学習させる)、以降、確かにどんな数字も読めるようになるのです。ただ、「どうしてこの下手な字を読めたのか」、人間に分かるような説明はできません。じゃあソフトはどうやって読んだのか。ソフト内部に何万個もの変数(100万くらいだったかも)を用意しておきます。それらの変数を微妙に変化させながら、よい結果を出せるよう、ベストの値を探ります。「2」を見せたのに「3」と答えたらたくさんの変数の値を「2」と読めそうな方向に少し変更する、ということを何万回も繰り返すのです。

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こうして変数たちの値が決まれば数字を読み取るソフトのできあがりです。……そうすると「どうやってこの下手な字の『2』を『2』を読めたの?」と言われても(人間が理解できる言葉では)答えることはできないですよね。「変数たちの値が適切にセットされていたから」としか言いようがありません。将棋のAIにもディープラーニングは組み込まれていますが、もしこうした感じにソフトが働いているのなら(もしも、です)、そりゃ「この手を選んだ理由を説明しろ」と言ってもムリでしょう。
 棋士の職ですが、そうすると彼らの独特の発想で面白い勝負を残す、初心者に分かりやすく教える、手をどう考え出せばよいのかなどを教える、将棋の普及など、現代のAIにはまだできないことがあるのだから大丈夫。……と言うか、数学の教員だって怪しいです。初等幾何(円とか直線とか、三角形の合同とか)など、多分人間の能力を超えるシステムももうあったって不思議はありません。でもまだ教員にはやることはあるから大丈夫そうではあるけれど。
 さて、本の話に戻りましょう。まだ半分くらいですが、著者自身や彼が見聞きしたことと比較して藤井がどんな感じの棋士なのか、「天才」と言うけれどどの程度の天才なのか、分かりやすく楽しく書いています。残りが楽しみです。