いぬおさんのおもしろ数学実験室

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盤外作戦はよいのか?

 コミックス『ヒカルの碁』では本因坊、桑原先生がタイトル戦で相手の緒方先生にちょっとした罠を仕掛けます。盤上ではなく、いわゆる盤外作戦。囲碁、将棋では持ち時間が長く2日に渡る勝負だと、「封じ手」というルールがあります。1日目の最後に打つ棋士はそれをメモして立会人に渡しておき、翌日それを明らかにします。そうしないと翌日の最初に打つ棋士が有利になってしまうからです。桑原先生はその棋戦ではそれまですべて自分が封じてきました。問題の勝負では封じ手の時刻ギリギリに打ち、緒方先生に封じさせます。緒方先生は封じ手を書いて立会人に渡すのですが、桑原先生は「ちゃんと封じ手を書けたかな? 頭は疲れ切っていたし、間違えて書かなかったか?」と言い、緒方先生を不安にさせます。結局翌日封じ手を開けてみると無事だったのですが、これが影響したためか緒方先生は負け、桑原先生はタイトルを防衛することになりました。面白い場面です。 

 昔の将棋の世界では、古いですが大山ー升田戦などでは盤外作戦が凄かったそう。厳しい勝負の世界です。アニメだって「敵をこうして罠にかける。こうすれば勝てる!」とかやっています。面白いですし、トータルで誰が勝ったか、負けたかが大事で、こういう話があってもよいのですが……。

 アニメみたいに「この勝負に負けたら世界が滅亡する」なんていうときにはどんなことをしても、インチキだろうが人間性に反していようが何だろうが勝たねばなりません。しかしそうでないとき、特に囲碁や将棋など純粋な頭脳戦では、そういった盤外作戦など何だかおかしな気がします。「ああ、そうしなけりゃ負けそうだと思ったんですね」と感じるのです。将棋の、囲碁の勝負なんだから将棋や囲碁の技術で勝てばいいのに、と思うわけです。盤外作戦も頭脳戦だという考えもあるでしょう。何しろ勝負の世界は厳しいのです。それで負けたら頭脳戦で負けたことで、負けは負け。「盤外戦」ではないけれど、将棋のソフトのバグを突いて勝ったプロ棋士もいましたね……。

 そうして勝った本人自身はどうなんでしょうか。問題は本人がどう思っているのかです。「オレは強い! 勝負に勝った!」と喜べるんでしょうか。勝負なのですし、勝ちは勝ち。「勝った! 自分の人生は充実している」ならそれでよいと思います。でもぼくなら多分「まともに戦ったら負けるかも知れないから、ルール違反にならない範囲で画策した。それでようやく勝ったのだ」と思うんじゃないかな……。本当の勝者は自分には分かっている、みたいなことだと辛いんじゃないかな、ということです。